Cyndi Lauper(シンディ・ローパー)は、アメリカの女性シンガーです。女優としても活躍し、何本もの映画に出ています。
まずは、彼女のデビューシングル「Girls Just Want to Have Fun」をお聞きください。
1.Girls Just Want to Have Fun(ガール・ジャスト・ウォント・トゥー・ハブ・ファン) 1983年
これは彼女が30歳の時、出したファースト・シングルです。それ以前にもバンド活動をしていたのですが、あまり売れず、バイトや副業をしながら音楽を続けてました。このファースト・シングルが全米で大ヒットします(ビルボード2位)。全米だけでなく、全世界(日本も含む)で大ヒットします。
歌の意味は、「女の子は、楽しみを求めてるだけ」と意味です。多くの翻訳サイトがあるので、少し探せば見つかると思います。その中の1つして、ここのサイトを上げておきます。
2.Time After Time(タイム・アフター・タイム) 1984年
(曲のプロローグが40秒程あるので、その地点から再生させてます。)
これはシンディのセカンドシングルです。1曲目とちがい、バラードをしっとり歌い上げてます。これもで大ヒットし、ビルボード1位になります。1曲目の作曲者はシンディではありませんが、この曲は、シンディ自身が作詞作曲をしています。歌詞も素敵です。こちらに日本語訳のページのリンクを貼っておきます。見ながら聞くと、なんだか切なくなる歌ですね。
3.The Goonies ‘R’ Good Enough(邦題:グーニーズはグッドイナフ) 1985年
(こちらもプロローグが長いので、途中から再生させてます。)
この歌は、映画『グーニーズ』(1985年)の主題歌としてリリースされます。これもヒットし、全米10位になります。映画グーニーズ自体も古い映画ですが、面白いと思うので見たことない人はオススメです(昔(1990年頃)は、よく日本のテレビでも再放送されていましたが、最近はあまりやってない様ですね。)
→タイムリーな情報ですが、今年(2021年)6月11日に日テレで再放送がある様です。
↑このブログを書いた時は、タイムリーでした 🙂
この頃、シンディはその容貌と茶目っ気から、アメリカの子供たち間で人気者となります。
4.True Colors(トゥルー・カラーズ)
しっとりとしたバラードですね。この曲も全世界で大ヒットします(ビルボード1位)。シンディは、日本にもファンが多く、すごく沢山、翻訳サイトが存在します。その中より、こちらを上げておきます。当時、まだ英語が達者でなかった私は、単にメロディーとして聞いていましたが歌詞の内容も深いですね。ここでのcolorsは色と言う意味ではありません。複数形colorsとなっており、象徴という意味です(チームカラーとかと言う使い方もしますよね)。象徴だとなんだか堅苦しいので、「個性」と読んでみましょう。
サビの部分を訳しました。
(CHORUS)
But I see your true colors しかし、私はあなたの個性をわかっている。
Shining through それは輝いてるの。
I see your true colors 私はあなたの個性がわかってる。
And that’s why I love you あなたを愛してるから、わかるの。
So don’t be afraid to let them show あなたの個性を出すことに恐れないで。
Your true colors
True colors are beautiful, あなたの本当の個性は・・・本当の個性は美しいよ。虹の様に。
Like a rainbow
先程、リンクには英語の歌詞もあるので、得意な方は訳してしまった方が早いかもしれません。どちらでも、歌詞を見て楽しんでください。
5.その他、エピソード
・大の親日家であり、お忍びで日本に来ることもある。
・親日となった背景は、売れない時、日本食レストランの日本人オーナーに助けられた。シンディの仲間のミュージシャンもその店で働いたりして、生活費を稼いでいた時があった。
・2011年3月4日アルゼンチンのブエノス・アイレス空港で、フライト遅延や延期が続出。抗議する人々が沢山、現れ、暴動にも発展する勢いがあった。その時、シンディは空港のアナウンスマイクを使い、アカペラで2曲披露し、観客の怒りを沈め笑顔を取り戻した。(このページの1曲目Girls just want to have fun と4曲目のTrue Colorsを熱唱する。)
下記のその時の映像を、観客が撮影し、YouTubeにアップしたものです。
最初が少し長いので途中から再生してますが、真ん中にいる黒いフードをかぶった女性がシンディです。
・この直後、日本へ来日コンサートに来ます(2011年3月11日)。当日は、東日本大震災が起こった日です。羽田・成田に着陸できず、横田基地に緊急着陸します。
・当時、原発のメルトダウンの可能性や、電力不足などに襲われます。来日していた他のアーチスト達は、早々と母国へ帰る中、シンディは最低限の電源で、コンサートを開きます。
私は記事を作る時、自分の記憶を元に書いていきます。あやふやなところは、日本語版wikiやアメリカのwikiを見て、記事に正当性があるか判断しています。上記のエピソードは、日本語版wikiから取りました。(アメリカ版wikiには、日本での行動の記述はありませんでした。)もし、もっとシンディに興味のある方は、日本語版wikiを参照するのも面白いでしょう。
シンディは、1980年代、ヒット曲を連発をしますが、その後、90年代以降のシングルは大ヒットにはつながらなかったようです。その後、ライブ活動や女優業に傾倒していきます。彼女の曲をもっと聞きたい場合は、ベストアルバムがあるので、それを聞くと良いでしょう。(上記4曲も収録されています。)
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